「投資で得たいのは、リターンよりも心の余裕」
私にとっての投資の目的は、お金を増やすことだけではありません。
自分にとっては、心の余裕を得るための手段でもあるのです。
正直、銀行預金だけでは、時間とともに価値が削られていくことは分かっている。
だからといって、投資を人生の主役にしたいわけでもありません。
判断の前提条件:投資は、生活全体の一部に過ぎない
子育ては、片手間でこなせるものではありません。
時間と体力、思考の余裕をどう使うかまで含めて、
自分の中では「攻略する対象」です。
そのために、時短に向けた対策を続けている。
家事も、節約も、ブログも、本業も、すべて同時に回していく必要があるのです。
この記事の前提として、すでにこれだけのタスクを抱えているということを申し上げておきます。
だから、私は投資だけに多くのリソースを割くことができません。
つまり投資は大事だが、生活全体を前に進めるための一部で十分だと判断しています。
私が投資で辞めたこと:成果を焦ると、投資は歪む
投資にリソースを割くことができない、と申し上げましたが・・。
正直に言うと、資産額はほぼ毎日チェックしています。(マネフォでニヤニヤです)
数字が増えていれば、少し嬉しい!
ただ、そこで何かを変えたり、心を動かすことは致しません。
売る判断もしないし、配分をいじることもしない。
成果を焦って求めると、自分は必ず冷静さを失う。そう思っています。
数字の変化に意味を持たせすぎて、極端な選択肢を取りにいく。
これが長期的な資産形成から自分を退場させる入り口になる、という判断です。
私はコロナ中期から投資を始めました。
正直に言うと、まだ本格的な暴落を経験していない、というのが実態です。
いまは含み益があるから、数字を見ても悲しい気持ちになる、という実感がありません。
もしこの先世界的大暴落が発生して、相場が大きく下がったときに、今と同じようにコツコツ入金ができるのか?
今と同じようなマインドでいられるのか・・・正直全くわかりません。
だからこそ、自分の意思や根性に期待しない形にしています。
暴落時の自分は信用できない、そういう生き物でも継続ができるよう
極力触らなくて済む設計にしている。というのが今の形です。
「見る」と「触る」を分ける。それが、自分なりの線引きです。
残した選択肢:考えなくて済む仕組みに、投資の中心を置いた
投資の軸は、NISAのつみたて投資枠を使ったインデックス投資が中心。
正直普段の運用はこれだけです。
分散されたインデックスを、自動積立で淡々と続ける。
銘柄の配分比率は固定し、見直しは最小限にする。(具体的には年1回)
一方で、すべてをインデックスに寄せてはおりません。
臨時収入や積み上げた余力の一部は、高配当株に回しています。
正直、合理的に資産を増やすだけならインデックス投資がベストなのは間違い無いと思っています。
つまり、高配当株投資は効率のためではありません。
生活の中で、「投資をしていてよかった」と感じられるように、生活が良くなっていく実感を得られるようにする。
合理的に資産を増やすインデックスとご褒美の高配当株、この組み合わせが私の投資に対する判断です。
投資からの回収:増えたお金は、使う事で始めて回収できる
私は配当が出たら、再投資ではなく自分の幸福のために使うようにしています。
そうすることで、日々の生活に彩りが出る。気が楽になる。それが一番だと思っています。
投資は、老後のためにお金を増やすためだけのものではない。
お金はあくまで価値を引き出すための引換券でしかありません。
今、という時を幸福に過ごすためにも使って初めて意味があるものになります。
高配当株投資を進めていくと、自分の人生が前に進んでいる実感を得ることができます。
つまり生活の中で自分の努力の取り戻すための手段として使うことができると思っています。
増えたお金をどう使うかまで含めて、投資。
費やしたお金を、人生の喜びに変える、という感覚を持てること。
無駄に費やすのではなく、いかに幸福度を引き出せる使い方を選び続けるか?
それが最も大事だと思っています。
まとめ:壊れないための線引きは、全部同じ基準で引いている
投資も、本業も、家事も、節約も、自分の中では全部つながっています。
どれも、壊れないための線引き。
最大化より、持続できる形を選ぶ。判断を減らし、生活を前に進める。
この投資の考え方も、その延長線上にあるのです。
判断を減らし、生活を前に進める。
私は、その邪魔をしない位置に投資を置いています。

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